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科学者と市民をつなぐ”場”をデザインする: “Science & Cocktails”

デンマークの大学におけるサイエンスコミュニケーションの位置づけ

デンマークでは大学の持つ役割として、研究・教育の2大要素に加え、知識・文化のリポジトリとして市民に対してのアウトリーチ活動に重きをおくようにと、大学の運営方針を定める大学法令:「The Danish Act on Universities (the University Act)」により定められている。その為、デンマークでは研究者が直接市民との対話を行う、所謂”サイエンスコミュニケーション”がさまざまな形で活発に行われており、この”Science & Cocktails”もまたデンマーク(コペンハーゲン)を代表するひとつの若者に人気のある、そして非常にアクティブな科学者と一般市民の交流の場となっている。


デンマークのサイエンス・コミュニケーション “Science & Cocktails”

“Science & Cocktails”は、2010年にコペンハーゲン大学のニールス・ボーア研究所と、物理学者ジェイコム・アーマス(Jácome Armas)との共同プロジェクトとして始まった、ボランティアベースのサイエンスとアートによるコラボレーションの公開講座シリーズである。年に2回、春と秋に行われ、それぞれ各6回ほど様々なテーマにおいて科学者から直接講義を受けることができる。会場はコペンハーゲンのクリスチャニア*にある「BYENS LYS(デンマーク語で「街の灯り」という意味)」というシアター&バーにて行われ、そのスタッフは全て基本ボランティアとなっており、参加費も基本無料(カクテル代のみ)。2014年にはデンマークの科学ジャーナリスト協会の科学コミュニケーション分野にて「ジーニアス賞」も受賞した。

 

特筆すべきはそのイベントに足を運ぶ若者(20代がほとんど)の多さで、小さなシアターに毎回およそ2-300人もの人が押しかけるという。特に近年(2015年)は参加者が増え、入場制限をしなくてはいけなくなったほど。実際筆者が訪れた2015年秋シーズンの回では、講演の開始後20分ほど入口は閉ざされ中には入れず、外には2-30人におよぶ待機の列ができていた。実際に中に入ってみると、確かに人はぎゅうぎゅう詰めになって一部の人は椅子や棚の上に登りながらも一心に講座へ耳を傾けており、このイベントの求心力と聴衆の関心の高さに驚かされた。

 

また、各回のテーマは、例えば2015年の講座「The Science of Interstellar」では、2014年に公開され、その物理学的な描写の正確さでも非常に話題になった映画「インターステラー」を題材としてブラックホールや相対性理論などについて学んだり、また「Neutrons, X-rays and shooting the unseeable biology」ではX線を用いた生物物理学における観測などについて学ぶ。しかし、そこにいる聴衆のほとんどはなんの予備知識もない、例えば経済学であったり国際ビジネスを学ぶ学生であったりと全く異なるバックグランドを持つ。そして彼らは、カクテルを片手に、普段では知ることのできない世界の話を聞くことを楽しんで帰っていき、そしてまたこのイベントに戻ってくるのだという。

 

“Science & Cocktails”には何故人が集まるのか?

何が彼らをこの”Science & Cocktails”へと惹きつけるのか?それはこのイベントに隠されたコミュニケーションデザインのコンセプトが、デンマークで生まれ育った彼らの持つ世界観に非常にマッチして、高い訴求力を持つことになったのではないだろうかと考察する。

 

あるインタビュー記事3)にて、企画者のジェイコムはこの”Science & Cocktails”の設計意図として、科学と学びの場を夜のアトラクションに仕立て上げることで、コペンハーゲンでの夜の過ごし方に貢献したいという発言をしている。またその際、自身が物理学者でありながら音楽やアートへの関心も高かったこともあり、現実世界に対する科学的アプローチと芸術的アプローチはどちらも非常に面白く、かつお互いに刺激し合える良い関係であるという考えから、”Science & Cocktails”では常に科学と芸術のコラボレーション(混ぜる:カクテル)にて運営されているのだという。またこれこそが、イベントにてカクテルを提供している理由でもあり、そのコンセプト(“Science & Cocktails”)を表しており、さらにそれによって、観客の創造性を高める結果にもつながっている。

 

科学者と市民をつなぐ”場”をデザインする

デンマークでは幼少期から非常に芸術・アートとの関わりが深い。ほとんどの美術館、博物館など国の運営する施設の子供の入場料は無料で、さらに子供たちが自由に遊べるスペースが用意されており、市民にとって非常に親しみが深い。また、そういった施設や学校などではさまざまな子供の創造性を伸ばすアクティビティがさかんに行われている。“学び”を学校の外と結びつけたアクティビティ化もデンマーク人の得意とするところであり、まさに今回、この”Science & Cocktails”で実現しようとした【サイエンスの夜のアトラクション化】は、そんな環境で育ってきた彼らにとって非常に興味・関心をそそられるコンセプトであったに違いないと推察する。

 

また、”Science & Cocktails”のデザインコンセプトは、市民に向けてだけではなく、科学者へのアプローチとしても非常に興味深い。それは、彼らに【興味・関心度の高い聴衆の前で講演(パフォーマンス)をする経験をさせることにより、自身の社会における科学者としての役割を再確認させること】。”Science & Cocktails”に参加した科学者たちの反応としては、講義以外でこうやってシアターに立つ経験は素晴らしいと非常にポジティブなものが多いという。このように、”Science & Cocktails”は彼らのイベントを通じて、科学者たちが通常のメディア以外の場において直接市民とのコミュニケーションを取ることへのトリガーとなることを目指して活動を続けている。

 

ただ若者に人気のサイエンスコミュニケーションの一事例としてだけではなく、そのScience and Cacktailsのデザインプロセスやコミュニケーション方法、さらに主催者が不在になったとしても市民を中心に続いていくその持続性、関連する人々全てが幸せになるプロフィットデザインにも今後注目していきたい。

 

(*)…デンマークの首都コペンハーゲンにある、850人の住人と34ヘクタールの土地をもつ地区。自由自治区である。この地区内では2004年以降規則により強い麻薬が禁止されたが、それ以前は大麻が合法で取引されていた。現在は年間50万人もの観光客が訪れるコペンハーゲンでも有名な観光地の一つだが、現在も特に女性は一人で行くことはあまり推奨されていない。

 

[参考資料]