デンマークの教育予算削減に反対する学生デモ

“Nok er Nok!” と大きな文字で書かれた横断幕が、コペンハーゲン大学のアマーキャンパスのホールに垂れ下がっていた。英語に直訳すると、”Enough is enough” となり、日本語では「もう十分だ!」と解釈できる。2016年度のデンマーク国家予算から4年間、教育予算だけで8.7億DKK削減されることが国内で大きな物議を醸し出している。

それに伴い、2015年10月29日の夕方から夜にかけて大規模なデモ活動が行われた。主催者発表によると、首都コペンハーゲンで3万人、オーフスで1万人の合計4万人と30の学生団体と学術機関がこの抗議活動に参加した。このデモには、どのような背景があったのだろうか。そして、デモの雰囲気はいかなるものだったのか。

 

まず、デンマークの国家予算に着目すると、今年度は1兆105億DKK(1DKK=約18円)、2016年の暫定予算では、1兆103億DKKと2億DKK程減少している。それに加え、教育費の割合自体も今年は全体の13%から暫定予算では12.86%となり、1年間だけでおよそ1.8億DKK削減されることになる。次に、教育予算が削減される主な背景として、デンマーク政府は2016年度の予算案にて24億DKKをヘルスケアに投じようと試みている。がんや認知症など慢性的な疾病を持つ患者を治療する狙いがある。教育予算が大きく削減される影響として、コペンハーゲン大学では、いくつかの博士課程の学科閉鎖や博士課程の学生の奨学金や財政支援の打ち切り、大学教授や職員の雇用減少が懸念されている。学生や大学関係者は将来、デンマーク国内の大学の研究レベルが著しく低下することを不安視する。

 

寒空の中、実際の行われたデモを観察するために筆者はコペンハーゲン市役所の前にある広場へと足を運んだ。「学生デモ」に対する日本人が持つ一般的なイメージはどのようなものだろうか。歴史を振り返ると、マスクやヘルメットで顔を覆い、火炎瓶やゲバ棒を持ち、機動隊や警察と衝突した60年・70年代の東大紛争や日米安保闘争などの物々しいデモを想像する人が多いかもしれない。もしくは、今年話題になった「SEALDS」と呼ばれる学生団体による歌やラップに合わせて、政治的メッセージを叫ぶような比較的穏便なデモを想像する人もいるだろう。どちらかと言えば、今回コペンハーゲンにて行われた教育費削減デモは後者のイメージに近い。大規模な交通規制はされず、学生と警官との衝突は全く見られなかった。物々しさなど微塵も感じられなかった。デモ傍観者だけでなく、運営者の中にもビールを片手に主催者のスピーチを眺めていた者は少なくなかった。市役所広場から政府機関の建物に移動する間には大きなスピーカーを積んだトラックで爆音の音楽に合わせて、学生は歌い、踊っていた。時間が日没後だということもあり、デモの雰囲気はまるで「野外ナイトクラブ」のように感じられた。

 

筆者は、人混みに紛れて主催者のスピーチを観察していたのだが、その中に一際耳に残る甲高い声でスピーチをしている学生がいた。残念ながら、距離的な理由と筆者の目の前に立ちはばかる多くの人でそのスピーカーの顔をしっかりと確認することができず、最初は女子大生が演説をしていたのだと勘違いしていたが、後にその人物は、16歳の高校生の少年であることが判明した。 高校生が4万人規模のデモを動かしているという日本では考え難い事実に大きな衝撃を受けた。デンマーク人の中にデモに対して、「デンマークは民主主義国家であるからこそ、政府に自由にものを申すことは当然のことである」という共通認識を持つ。それ故、国民はデモに対してある種の気味悪さを抱かない。企業もデモ活動をする若者を雇用しないということはありえない。畢竟するに、デンマークでは、若者は社会の目を気にせずデモ活動ができる。今回のデモは、 学生生活に密接に関わる「教育」を通して、若者は政治に異を唱えた。

 

今年6月中旬、日本では選挙年齢が20歳から18歳に引き下げられたことで、若者の政治活動が頻繁に議論されるようになってきた。しかし、日本で彼のような高校生が大勢の人の前で堂々と政治的な主張をする姿はあまり見かけられない。筆者は一人の日本人大学生として、教育や安保法案に限らず、あらゆる社会問題について日本人の学生が関心を持つことを切に願う。