5つのキーワードで知るデンマーク映画

2016年の日本におけるデンマーク映画の上映数は3本。他国との共同製作作品を合わても10本だ。しかもそのほとんどが単館系作品であり、マニアックな層をターゲットとしている。デンマークの映画なんて見たことないという日本人も多いだろう。しかし、実際は、奥深い歴史を持ち、同時に、今日のドキュメンタリー映画界に大きなイノベーションを起こし続けている。今回は、デンマーク映画を語るのに欠かせない5つのキーワードをもとに日本人にとってミステリアスなデンマーク映画の世界を紐解く。

1.「ノルディスク・フィルム」

今日の日本では無名なデンマーク映画だが、遡ること1世紀、1910年代にはデンマークは世界最大の映画製作国の一つであった。そのムーブメントを牽引したのがノルディスク・フィルム(Nordisk Film)という映画会社である。ノルディスク・フィルムは、デンマーク初の映画館を設立したオレ・オルセン(Ole Olesen)によって創設された。現存する映画会社としては世界最古である。ノルディスク・フィルムは短編映画輸出によって急速に成長し、ドイツ、イギリス、アメリカなどに支社を構えるようになった。デンマーク国内でも、ノルディスク・フィルムの成功を機に続々と映画会社が作られた。

初期のノルディスク・フィルム作品の中でも特に大きな成功を収めたのは、”Løvejagten(The Lion hunt/Lion Hunting)”という作品である。

(引用:Danish Film Institute)

2人の狩猟家たちがライオンを撃ち殺し皮を剝ぐというストーリーを、ドイツの動物園から買い取ったライオンと猟銃を用いて実演している場を撮影するというセンセーショナルな内容であり、企画を耳にした法務省は撮影を禁止した。にもかかわらず、プロデューサーを務めたオレ・オルセンは撮影を実行。その結果、監督は投獄され、オルセンは自身の映画館の運営権を剥奪された。しかし、スウェーデンで上映されると瞬く間に映画は諸外国で人気となり、翌年には国内での上映が許可された。

ノルディスク・フィルムとオレ・オルセンにより黄金時代を迎えたデンマーク映画だったが、1920年代には、アメリカ映画の隆盛により勢いを失い、輸出は減少していった。その後80〜90年代まで国内市場向けの作品が中心に製作されることとなる。

2.「DFI-デンマーク映画協会」

1961年に文化省(Kulturministeriet)が設立されると、文化政策の基本的な枠組みが整えられた。1972年に公布された映画に関する法により、映画を専門的に扱う文化省の下部組織、デンマーク映画協会(Danish Film Institute (以下DFI))が設立された。

デンマークの文化政策の特徴として、国家の文化事業への予算の全体に占める割合の高さ(2016年度時点で1.2%)が挙げられる。それだけ国の文化・芸術分野に対する期待度が高い国だと言える。一方で、日本の映画産業には一元化された公的機関が存在せず、予算の割合も2015年度は0.1%と先進国の中では低い。日本の映画産業が抱える課題とされる、人材不足の解決や作品の質的多様化、国際市場への進出などに取り組む際にはデンマークに学ぶことも意義があるのではないだろうか。
だが、同時に、一元化された公的機関が映画産業に関わるあらゆる権限を持っており、財政的に国に依存しているという状況は、一見すると、表現の自由に制限があるかのように思われるかもしれない。しかし、デンマークの文化政策は、政府や政治家から文化や芸術への干渉を避けるために「アームスレングスの原理」を採用している。ここでは、アームスレングスの原理は、”neither politicians nor the Ministry of Culture are involved in concrete subsidy allocation or act as arbiters of taste(政治家や文化省は、具体的な補助金の配分に関わること、あるいは最終決定を下さない)”と定義され、この原理によって国家から独立した形で芸術家がデンマークの文化に対しての社会的責任を負っている。
今日のDFIが行っている主な業務は、製作・配給・公開費用への補助金割り当てであり、それによってデンマーク映画並びに他国との国際共同製作作品のサポートを行っている。加えて、映画教育の推進や国際映画祭への出品も行っている。映画教育としては、国内の学校へ教育素材としての映像の貸出しを行っている。コペンハーゲンにある本部には、映画に関する書籍、映画のポスター、スチル、映像を貯蔵している図書館と資料室があり、一般市民が無料で利用できるようになっている。

3.「ラース・フォン・トリアー」と 4.「ドグマ95」

1910年代の黄金時代以来、国内市場にとどまっていたデンマーク映画だったが、1980年代になると『バベットの晩餐』がアカデミー賞外国語映画賞を受賞したのを皮切りに再び世界の注目を集めるようになった。その第二次デンマーク映画黄金時代を代表する映画監督がラース・フォン・トリアーである。
日本で知名度の低いデンマーク映画だが、映画に少し興味のある人なら、ラース・フォン・トリアーという名前は聞いたことがあるだろう。彼の代表作『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の名前を挙げればピンとくる人もいるかもしれない。
1995年、彼は同じく映画監督のトマス・ヴィンターベアととともに世界の映画業界に向けて「ドグマ95」という映画技巧に関する運動を考案した。ドグマ95はミニマリズムの思想が根底にあり、「カメラは必ず手持ちであること」、「セット撮影ではなくロケーション撮影のみであること」、さらには「クレジットに監督の名前を載せてはならない」など10のルールを「純潔の誓い」として定めた。
これらのルールに則った「ドグマ映画」は200本以上製作されたが、2008年には公式ホームページが閉鎖され運動は休止。しかし、ハリウッドの寡占市場と化し、映画の質的画一化が進んでいた状況に疑問を投げかけたことは、映画の歴史の中で大きな意義を持つ。

トリアーの作風としてユニークなのが、三部作スタイルである。「ヨーロッパ三部作」は、『エレメント・オブ・クライム』『エピデミック』『ヨーロッパ』の3作からなり、ヨーロッパの抱えるトラウマを描いている。続く、「黄金の心三部作」では悲劇に見舞われながらも「黄金の心」を持ち続けるヒロインの姿を描くことをテーマとした。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』や『奇跡の海』がこの三部作に含まれる。最新の三部作は「鬱三部作」と呼ばれ、『アンチクライスト』『メランコリア』『ニンフォマニアック』がこれを構成する。トリアー自身も2007年から2009年にかけて鬱病を患っており、その体験がこの三部作にも大きく影響を与えている。彼は鬱病の他にも極度の飛行機恐怖症に悩まされているため、ロケ地もほとんどがデンマーク国内かスウェーデンに限定されているのも特徴の一つである。デンマーク映画というと、殺伐、暗鬱としたイメージを思い浮かべるという人が多いが、彼の作品やドグマ95の影響の大きさを物語っていると言っても過言ではないだろう。

5.「CPH:DOX 」

デンマークの首都コペンハーゲンでは年に2回、街全体で国際映画祭が開催される。それが、CPH:DOXとCPH:PIXである。DOXはドキュメンタリー映画、PIXはフィクション映画に限定した映画祭となっている。特にCPH:DOXは、第一回は2003年と比較的歴史の浅い映画祭であるものの、ヨーロッパ最大規模の国際ドキュメンタリー映画祭の一つとなっている。どのようにしてたった14年間でここまで大きな映画祭となれたか。そこにはCPH:DOXならではの工夫と革新を恐れない精神が垣間見える。

開催中は出品映画を街中の映画館で上映するだけでなく、「CPH:CONFERENCE」というトークセッションや、各国の映画製作者向けにワークショップを行う「CPH:LAB」、VRなどのテクノロジーを用いた展示などを行っており、映画という一芸術分野のさらなる可能性を提案している。インデペンデント映画の国際ビジネスのプラットフォームとして、「CPH:FORUM」というイベントも同時に開催。製作者にとっては資金獲得、出資者にとっては新たな才能発掘の場として賑わった。「CPH:MARKET」というサービスは、参加者向けにオンデマンドで出品作品を公開することで、上映時間が重なって観に行けないという問題を解決した。また、他国の映画祭と共同で立ち上げた「Propeller」というプロジェクトでは、映画産業を見つめ直すことで新たな映画配給ビジネスモデルの提案に取り組んでいる。このように、ドキュメンタリー映画の国際ビジネスの統一されたプラットフォームや未来の産業の姿を考える機会を提供してきたことが、CPH:DOXをわずか14年で世界のドキュメンタリー映画界をリードする存在へと進化させてきた。

2017年からは開催時期を秋から春に変更し、ヨーロッパの他のドキュメンタリー映画祭と時期をずらすことでさらなる集客を狙った。結果、前回開催に比べて20%増の97,500人の動員数を記録。また、映画祭の中心を世界的に評価の高い現代美術館、Charlottenborg Palaceに構えるというイメージ戦略の工夫も感じられる。スポンサーの家具ブランド「ノーマン・コペンハーゲン」協力して美術館の装飾、デザインを映画祭のために一新し、開催期間は無料で入場可能とした。ドキュメンタリー映画という国際市場の基盤が比較的確立されていなかった分野に注目し、従来の映画祭の定義にとらわれず柔軟に変化を続けているCPH:DOX。これからのドキュメンタリー映画界にとって欠かせない存在であることは間違いない。CPH:DOXを中心軸としたドキュメンタリー映画のさらなる世界規模での発展が期待できる。
映画祭の最新情報はこちらのホームページから
CPH:DOX / CPH:PIX 

以上、「Danish Film Institute」「Nordisk Film」「ラース・フォン・トリアー」「ドグマ95」「CPH:DOX」という5つのキーワードとともにデンマーク映画の過去、現在、未来を紹介した。デンマーク映画に関心を持ち、実際に手に取るきっかけとなれば幸いである。また、産業の面でも、映画産業の国際化を推し進めたい日本にとってデンマーク映画産業を知ることには、国際共同製作の相手国を検討したり、他国の一産業構造モデルとして参考にしたり、と様々な意義があるのではないだろうか。

私も留学中、コペンハーゲン大学の授業で何度かデンマーク映画を観る機会があった。少ない鑑賞本数で「デンマーク映画」を一般化して語るのは憚れるが、どの映画にも共通して、邦画にもハリウッド映画にもない独特の雰囲気が漂っていたことは確かだ。人間関係や表情の描写が繊細で、ストーリー展開が複雑であるゆえエンディングが腑に落ちない。そんな印象を抱いた。また、コペンハーゲンを舞台にした映画では、街の規模の小ささから知っている場所がたくさん登場するためまた違った角度から楽しむことができたという経験も新鮮で興味深かった。

アーティスティックで前衛的な雰囲気が漂うデンマーク映画が多かったが、近頃では国際市場参入を見据え、デンマーク語ではなく英語の映画やハリウッド映画に寄せた映画の企画も提案されている。この流れも日本への輸出増加の後押しとなるだろう。動画ストリーミングサイトの普及も相まって、日本人にデンマーク映画が多く観られるようになる日も遠くないかもしれない。

(赤 賀映)

参考

5つのキーワードで知るデンマーク映画