デンマーク社会のIT化

デンマークと日本は,両国共に情報コミュニケーション技術(Information Communication Technology)の導入が盛んな国と一般的に言われます。世界経済フォーラム(WEF)によれば,デンマークは 2007 年から2009年まで第1位,2010年には3位,2011年7位,2012年4位にランク付けされています。
一方で,日本では,FTTH を代表とした非常に速度の速いブロードバンドが敷設されるなど,要所要所では,非常にすぐれた技術を保有していますが,2012年のWEFランクで は,18位にとどまっています。この違いがどこから生まれているのか,様々な意見があるでしょうが,私は,公共部門でのIT利用が鍵となっていると考えています。
政府や地方自治体と行った公共部門内部でのIT利用が促進されているか,医療や教育といった国や人々の生活のインフラを形作る社会保障分野におけ る IT の利用が政府主導で行われているかという点です。
日本では,元気な民間企業が,世界レベルの技術的に優れた背品やサービスを作り出していますが,社会のIT化は,技術のみでは進みません。社会でのIT利 用は,法律的な枠組みの再調整や全国的な対策が必要になりますので,どうしても政府が主導して進めるのが効率的ですし,市民の心情や利用における安心感と いったソフトな面も大きな影響を与えるため,社会的な認知が重要になってきます。
今回は,デンマーク社会におけるITがどのように進展していくのか,大きな流れを解説するとともに,現在デンマークで大きく動いている2つの分野について,個人的な雑感をお話ししたいと思っています。

 


 

現在デンマーク政府は,2015 年を一つの節目として,公共部門とその関連分野に置ける電子化を進めており,2015年までの目標として,初等教育におけるIT導入とIT教材を用いた教育の促進,遠隔医療,ビジネス分野における電子化の進展の3本柱を定めています。
今まで第一段階として公共機関内,第二段階として公共機関と企業間における電子化が,半強制的に進められてきました。
たとえば,公共機関内部で利用される 書類の電子化や,会社設立の申請や税金申告など政府と企業間のコミュニケーションの電子化です。民間企業の電子化の自助努力を促すための仕組みも政府が中 心になって提供しています(※[1]) 。
([1] 例えばオンライン請求書NemHandel,青色申告を簡単に進めることのできるTastSelvなどがあります。)

また,公共分野に置けるIT利用を,「よりITに慣れた」年代から浸透させていこうとする試みも各種見られ,SU(デンマークの学生ローン)関係手続きがほぼ完全電子化されています。
残る公共部門最後のIT化への砦が,政府と民間のコミュニケーション分野で,デンマーク政府が2015年までに完了させるとしている項目の一つとなってい ます。税金の還付,子ども手当関連の手続きが電子化され,また政府からの連絡には,電子的な連絡手段が使われ始めていますし,現在,子どもの保育園登録や 引っ越しなどの申請,各種手続きのうち電子化が優先されるべき公共サービス63項目が挙げられ電子化が急ピッチで進められています。
すでに,デンマーク政 府の電子化は,明確かつ具体的な目標値の設定により,着実に進展しており,デンマーク政府が進める今後の社会のIT化のイメージは,非常につかみやすいの です。

 


 

そのなかで,議論にはなっているものの,方向性が定まらない分野というのも存在します。一つは,「電子選挙」です。デンマークで,選挙におけるIT 手段を利用したPR(twitterやFacebok,HPなど)は,前回の2011年総選挙辺りから盛んに見られるようになってきました。電子投票に関 する動きも進展し,各地域で電子投票が実験的に行われています。政府も意欲的で,2011年には,私が所属するITUの研究グループが中心となって大型 ファンドを取得し「DemTech」プロジェクトが開始されています。
今まで電子投票が導入に至っていないのは,技術的な問題ばかりでなく,人的・心理的要素が多く関わってくるためと考えられます。そのため,DemTechプロジェクトでは,いかに民主主義を支援する選挙システムが導入できるか,信頼性を確保できるかを課題としています。

簡 単にデンマークの選挙におけるIT導入の歴史を概観してみましょう。デンマークでは,1962年から,エクセルシート等の利用が始まり,80年代には,電 子投票者リスト作成,紙ベースの投票者リストや投票用紙作成,選挙後の議席集計に計算機が使われてきました。
現在,有権者登録,投票者リスト作成,投票集 計の選挙に関わる3項目での抜本的IT導入が検討されています。2012年末から,法律の改正案が検討されており,2013年,14年には実験的に電子投 票が行われる予定です。電子投票では,どのようなことが問題なるのでしょうか。
たとえば,投票集計アルゴリズムは,安全性の確保を理由として未公開です。選挙の投票結果がどのように計算されているのか分からないという点は,民主主義 が守られているのかどうかという疑問が提起されているようなものです。また,(投票者の)匿名性と(選挙の)透明性も両立が非常に困難な課題です。電子投 票は,民主主義のありかたを揺るがしかねない社会的な課題なのです。
しかしながら,逆説的ではありますが,私は,民主主義とはどうあるべきかという議論が盛んに行われることで,デンマークでは,電子選挙の進展が促進される気がしています。

 


 

最後に,現実に何か行われているわけではないと前置きした上で,私が個人的な関心を持っている「社会におけるIT利用」についてお話しして,私のエッセイを終りとしたいと思います。
それは,医療情報の扱いです。公共サービスとして,政府が医療サポートをしているデンマークでは,医療情報の活用は,大きな関心事の一つです。デンマークでは既にオンラインで個人が過去の医療記録や投薬記録を閲覧することができますが,この医療情報の枠組みは,さらに広がっていくと個人的には考えています。現在,多くの遺伝子情報が解明されつつあるのは,皆さんもご存知だと思いますが,記録されるデータに遺伝子情報が加わることはそれほど想像し難くないのです。たとえば,生活習慣病の予防を考えてみます。
肥満遺伝子が見つかった場合には,肥満により発症する疾病に対する処置を事前に行うことができるかもしれません。肥満遺伝子をおさえるための遺伝子情報のデータベース化が進み,臓器提供や不妊治療におけるドナー情報などもデータベース化され,手術から数年後の拒絶反応に備えることができる,そんな日は,それほど遠くないことかもしれません。